おしん第210回と原発再稼働

先日、NHKの「おしん」再放送を見ていました。第210回です。

この中で、徴兵された息子との会話があったのです。

その中でおしんは、次のようなことを言います。

子どもの頃、脱走兵のお兄さんと山の中で暮らした。とても優しい人で、いろんなことを教えてくれた。その中で「人と人とが殺しあうようなことがあってはいけない。戦争になりそうになっても、おしんだけは絶対に反対しろ」と。でもおしんは戦争に反対できなかった。夫が軍関係の仕事をしているのに黙っていた。軍や戦争を食い物にして儲けようとしていても、それも子どものためだと思って黙っていた。自分の息子が戦争に駆り出されるなんて、思ってもみなかった。本当は、戦争に反対しなければならなかった。一人でも、なんの力がなくても反対しなければならなかった。

※上記は、次のサイトをもとに私が要約したものです。https://candy17.club/19887.html

上のような内容を泣きながら息子に語るおしんを見て、なぜか私は原発再稼働を巡る状況を思わずにはいられませんでした。

私は、原発のある地域住民は二つの意味で2分されていると感じています。

1つは、原発再稼働反対の住民と、再稼働容認または推進に2分。

2つめは一人の人物の中で、反対したい気持ちと容認に傾く気持ちへの2分。

容認または推進する理由は、御自身の収入や地域経済のため(税収入や補助金等の収入、仕事や雇用、原発で働く人が落とす地域へのお金)。

安い電力とか、電力の安定供給とか、温暖化物質の排出を抑制するということを、地域住民が原発再稼働容認の理由としていることを、私は寡聞ながら知りません。

原子力規制委員会は、東北電力女川原発2号機(宮城県)について、新規制基準に「適合している」とした審査書案を了承しました。

新規制基準は東日本大震災での福島第一原発の事故を受けて設けられたものです。だから、この基準に適合しているのだから、女川原発の2号機は安全なのだと主張する方もおられるかもしれません。

でも、私は福島第一原発の事故と、その後の影響を目の当たりにしています。

原発事故後、その地域にどれだけの人が戻り、幸せに暮らしていますか?

黒いシートに包まれて保管されている放射能に汚染されている土を、福島以外で引き取ったところはあるでしょうか?震災後、福島のがれき処分を拒否した自治体は多くあった。福島沖で獲れた魚介類は、事故前と同じ水準で取引されているでしょうか?

一度事故を起こした原発立地地域には人は立ち入れず、その周辺からの生産物は人々から敬遠される。そして、「絶対に事故は起きない」ということはない。

これが福島第一原発の事故からの重い教訓でした。

仮に女川原発2号機がこのまま再稼働されたとしても、いつかは廃炉になる時が来ます。

その時、代わりの新しい原子炉が、その場で稼働するのでしょうか?私にはそうは思えません。放射能除去技術が飛躍的に高まり、同じ場所に再建できない限り、廃炉になった場所は使用不能になるのではありませんか?私には、原発再稼働が、高いリスクを抱えた痛みの先送りに過ぎないとしか思えません。

原発を再稼働して得られる経済効果と、事故によって被る損害とどちらが勝るのでしょうか?廃炉を受入れる事による地域の経済損失を、原発を推進してきた国から補償してもらうという選択肢はないのでしょうか?

人と人とが殺しあう戦争に反対すべきことを知りつつしなかった。戦争によって得られる利益を「子供のためだ」と自分に言い聞かせていた。そして、その息子が徴兵されて後悔するおしん。

事故が起きれば、他の発電所の事故とは比べ物にならないほど、人や土地に甚大な被害を与える原発。そして、そういう事故は起こり得る。廃炉後の跡地も利用不可能。原発から出る放射性廃棄物の最終処分も未定。でも、現在原発によって暮らしている人のため、今後数年間の地域経済のために再稼働を容認する心情。

この時のおしんの置かれた状況と、原発を巡る今の状況と重なって見えるのは私だけでしょうか?

もし、原発が再稼働しなくても、それらの人の暮らし、原発立地地域の経済がある程度たちゆくのであれば、現在の再稼働を容認している人の気持ちはどうなるのでしょうか?

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