リスク・コミュニケーションとクライシス・コミュニケーション
大きな事件の後、マイクを前に3人くらいの人が立ち並び、
「この度は、御迷惑をおかけして誠にもうしわけありませんでした」
と中央の人が言うや否や、90度ほど腰を折り、5~10秒ほどその状態を維持する。その後、事情説明に入る。
今年になるまで、私はこの光景をリスク・コミュニケーションというのだと勘違いしていました。
公開するしないに関わらず、こうした事件・事故後に開く緊急説明会や記者会見のことを「クライシス・コミュニケーション」と言います。クライシスとは危機や重大局面のことを指します。
では、リスク・コミュニケーションとは何か?
平時に、「どのようなリスクがあり、それが発生した場合の影響や、対応策」について、関係者同士が、双方向で実施する情報共有の手段のことです。
大切なことは
- 平時に行うこと
- 想定されるリスクについて行うこと
- 関係者が双方向で行うこと。つまり、情報を共有すること
の3点にあります。
なぜリスク・コミュニケーションが大切なのか
リスク・コミュニケーションの目的は「信頼関係の構築」にあります。そして、その信頼関係は次の4つの事を通じて達成される、積み重ねによるものです。
- 安全情報の伝達
- 利害関係者間の意見交換
- 相互理解の促進
- 責務の共有
※「リスクコミュニケーション」西澤真理子著(エネルギーフォーラム新書)参照
リスクは0にはなりません。一方で、想定されるすべのリスクについて、予防策を徹底することも不可能です。限界があるのです。
限界を隠し、「安全・安心宣言」だけをしていた場合の悲惨な状況を、私たちは今、福島に見ています。
もう誰も、一方的に出される安全・安心宣言を鵜呑みにはしません。むしろ、そういったものには懐疑を深めるのではないですか?
では、「こういうリスクが残っています」という説明をすれば済むのでしょうか?質問をほとんど受け付けない記者会見に、納得する人がどれだけいるのでしょうか?質問にまともに応えない「ごはん論法」に満足しますか?
だからこそ、コミュニケーションなのです。
コミュニケーションという言葉には、相互理解というような「互いのやり取りを通して理解を深めていく行為」という意味が含まれています。
コミュニケーションによってこそ、関係者全員がリスク情報を共有し、協力してリスク回避・防止または被害の最小化に努めることができる。私はそう思います。
1.安全情報の伝達
安全情報とは、読んで字のごとし「この製品は、〇〇〇という基準を満たしているので安全です」ということだ思います。
ですが、事情によってはこれだけでは足りないと私は思います。
「〇〇には、△△というリスクもあります。しかし、このリスクは、~の割合で起きると言われています。万が一、△△が起きた場合には、☆☆という対応をとります」
というような、想定しているリスクと、それについての当事者の認識と対応計画も伝達する必要があるのではないでしょうか?
例えば、保育所では、誰か1人がインフルエンザに感染したら大変なことになります。でも、それはどんなに予防しても、絶対に感染しないということはありません。園内も周辺地域でも感染者がいないとしても、「周辺地域で流行の兆しが見えてきたら〇〇という予防策を実行します。1人罹患したら△△、~人以上で休園します。休園期間中は~。」という情報の伝達は必要でしょう。
つまり、危機が発生した後の、対応や経過の見通しを、あらかじめ関係者の間で共有するのです。
そのための、伝達者側からの第一歩が安全情報の伝達です。
2.利害関係者間の意見交換
信頼関係の構築のために、先のリスク対応についての見通しを含んだ「安全情報」について、双方向による意見交換が大切です。
くどいようですが大切なことなので繰り返します。
一方的な情報の伝達ではなく、双方向による意見交換です。しかも、平時における。
双方向であることの理由は4つあると、私は思います。
- 一方向の情報伝達では、「疑問」や「不満」が水面下で堆積し、危機発生時にそれが爆発しかねない。(伝達者側の隠蔽が疑われることも)
- 一方向の場合は、情報伝達者側の「見落とし」や「誤解」・「誤り」が放置されやすい。
- 互いの「できること」と「できないこと」や、その理由の確認が、双方向の場合はやりやすいこと。
- 双方向の方が、情報を受け取る側が、たんなる「お客様」にとどまらずに、協力者や関係者として成長しやすい。
そして、平時に意見交換をするのは、互いが冷静にリスクについて考え、双方にとって納得のいく対応策を構築する時間的なゆとりがあるからです。
保育所でのインフルエンザを例にして説明します。
インフルエンザが園内で流行してから対応策を説明したのでは「何で今頃」と、保護者の怒りが増すのではないでしょうか?一方で、事前に園としての対応を説明した上で「何か御意見はあったら、遠慮なくおっしゃってください」ということであれば、「うちの子はアルコール消毒に弱いので、家から別の消毒液をもっていってもいいですか?」などという申し出に対しても、ゆとりをもって対応できるし、保護者側も自分の事情を汲んでもらえたという安心感も得られると思います。
東日本大震災では、東北地方にある工場が被災したことで、日本の製造業のサプライチェーンが寸断されました。これはBCPの大切さが見直される契機ともなりました。もちろん、BCPはある事業所が、その内部の者だけで構築して終わりというわけにはいきません。取引業者等との打合せもしておかなければ、絵に描いた餅になりかねません。そしてここでも、真に双方向であることが重要なのです。
特に、大きな企業とその取引先である中小企業の関係や、上司と部下のように、力関係に上下・優劣がある場合には、真に双方向の関係になっているかどうか検討が必要です。
「双方向である」ということは「相手の言いなりになる」ということではないのです。双方の納得という着地点を見出すプロセスなのです。このプロセスを軽視する者は、本当の危機の時に味方がいないという、深刻なダメージを受けることになりかねません。
3.相互理解の促進
2.の「利害関係者間の意見交換」が、真に双方向のコミュニケーションになっているのであれば、この段階は、その結果として達成しやすいはずです。
忘れてならないのは、合意したことは、たとえ些細なことでもきちんとやりきること。行為そのものが、行為者自身の情報を伝達することになるからです。
コミュニケーションでは、言葉によるものよりも、声の質や表情・態度などの非言語的なものの方が重要であるといわれています。そうであれば、「何を、どのようにしたのか」という行為だって、あなたや会社・団体の性格や文化を伝えていると考えられます。(実際、そうでしょう?)
双方向に「話し合えた」という経験そのものと、その後の行為が「あの人・会社・団体なら大丈夫」という、人・会社・団体への理解、言い換えれば信頼に繋がるはずです。
4.責務の共有
この「責務の共有」ということについては、私は西澤真理子さんの書かれた「リスクコミュニケーション」という新書に気づかされました。
2の意見交換の場が、真に双方向の、率直な意見交換になっていたのならば、互いの事情も理解し、互いの限界も察知していると思います。
どんな人にも企業にも団体にも、対応には限界がある。
だからこそ、深刻なクライシスを回避し、被害を最小限に止め、復旧を早期に果たすには、関係者が少しずつその責務を負担しあう必要があります。
保育所のインフルエンザの例で言えば、保育所の予防策には限界があります。だからこそ、少しでも子供の体調に異変がある場合には、自宅で休ませたり医療機関を受診するなどの対応を保護者の側にもとっていただく必要がある。また保護者には、万が一休園になった場合に備えて、対応を考えていただく必要があります。そしてその対応策を、保育所側にも伝えておいてもらうと、休園時の園の対応を実施する上でも助かるはずです。
工場であれば、原材料の仕入れ先と、製品の納入取引先との3者間での協議により、それぞれが事業再開の段取りを取りやすくなるでしょう。そのとき、誰かの都合だけを優先させたって上手くは回らない。どこかがボトルネックになってしまう。
互いの事情を考慮しながら、自分の持ち分の最善を尽くす。真の「お互い様」の精神こそが、緊急時をなんとかしのぐ礎であり、それを可能にするのが、平時における双方向の意見交換です。
リスクコミュニケーションの方法
上記の「1安全情報の伝達」から「4責務の共有」までのプロセスを通して、信頼の構築を図ることが、リスク・コミュニケーションの目的です。そしてこの1から4のプロセスが、リスク・コミュニケーションそのものでもあるのです。
リスク・コミュニケーションは平時において行うものでした。つまり、リスクが顕在化していないときに、あえてリスクについて考えるのです。眠った子を起こすような行為なのですから、意図的に、計画的にやらなければ、有意義なコミュニケーションになるはずがありません。
だからこそ、リスク・マネージメントを行う際に、はじめからリスク・コミュニケーションの方法と時期を組み入れていく必要があると私は考えます。
ではリスク・コミュニケーションの具体的な方法は?
安全情報の伝達手段としては、次の方法が考えられます。
- ホームページやブログでの告知
- フリーペーパーや、ポスター、手作りの新聞などの紙媒体の活用
- テレビ、ラジオ、新聞などの既存のメディアの活用
意見交換の方法としては、次の方法があります。
- SNSの活用
- 説明会、セミナーの活用
- 意見箱、苦情相談窓口の活用
- 取引先との打合せ
どれもこれも、みなさん御存知の方法ばかりです。ただ、大切なのは「安全情報の伝達」が「安全です!安心です!宣言」になっていなかったか?意見を聞いて、聞きっぱなしにしていなかったか?という反省だと思います。
安全情報の伝達と意見交換の方法を適切に組み合わせること。届けられた意見・質問・苦情に、きちんと向き合い、対応すること。数字や専門用語の意味なども含め、相手が理解しやすい工夫をすること。
SNSなどのツールは新しくても、やることは一緒。当たり前のことを地道に積み上げて信頼を築き上げるしかないのです。
そしてクライシス・コミュニケーション
クライシス・コミュニケーションで大切なことについて、前に御紹介した西澤さんが指摘されていることを、私なりにまとめると次の3点になります。
必要とされる情報を、正確に、かつ、迅速に、受け手が理解しやすいように提供すること。
また、人命や健康に関わる情報の提供を優先すること。
そして、落ち着いた態度で伝えること。
クライシス・コミュニケーションは、事故・事件発生後に行うので、情報を発信する側は、自分への法的責任追及に敏感になるはずです。ですから、弁護士に同席してもらうというのは、正しい判断だとは言えます。
けれども、法的責任を意識し過ぎて、情報開示に消極的になるとどうでしょうか?かえって不信感を招きませんか?
必要以上に法的責任を意識しすぎるのも、上記3点に気を付けて記者会見を開いたのに炎上してしまうのも、普段のリスク・コミュニケーションができていなかった、あるいは不十分だったからではないかと私は思います。
普段できないていないことは、危機に際してできるはずがないのです。
まとめ
平時から、想定されるリスクについて(もちろんリスク以外のことについても)、双方向の情報交換を通じて、信頼関係の構築を図ること。
なんのことはない、意識しなくても実施している所は当たり前にやっている、そういう積み重ねを、手を抜かずにやりきることが大切なんです。
組織であれば、誰か一人の努力ではなく、組織全体として実践する。したがって、組織のトップの決意と、矛盾のない態度が重要で、それを全体にいきわたらせるための仕組みづくりが必要になります。それが、リスク・マネージメントです。