「いのちを守る気象情報」という本。おススメします

「いのちを守る気象情報」(斉田 季実治著 ・ NHK出版新書 )という本は、気象災害から身を守るための知識を、一般の人が仕入れるには丁度いいと思います。

著者の斉田さんは、NHKの午後9時台のニュースで天気予報等を担当している気象予報士であり、また防災士の資格もお持ちの方です。

本の内容は、ニュースの気象に関わるコーナーで、少し詳しめに解説していることをそのまま新書用にまとめた感じ。ただ、本にするためにTVよりほんの少し詳しく書いているかもしれません。

理科が苦手でもTVのニュースならわかる、という人には十分納得できると思います。

またこの本は、地震や台風といった「メジャー」な災害だけでなく、大雪や噴火、竜巻といった比較的よく遭遇する人と、ほとんど遭遇することのない人に分かれがちな自然現象も取り上げている所が、私は良いと思いました。

こうした部分は、読まずに飛ばしたとしても、何かの折に「ちょっと目を通す」だけでも(言ってみれば気象に関する辞書のような使い方)大変に参考になる。

例えば「冬の北海道に行く時に、新幹線や飛行機の中で大雪の章を読んでおく」という使い方もアリかなと思います。

災害時の経営者の判断

雨ですね。九州の北部と岩手県沿岸部、宮城県気仙沼市のみなさんの安全をお祈りします。

さて、今朝の佐賀県・長崎県に関わるニュースを見ていて気になったのが、駐車場の車がタイヤの半分くらいまで水に浸かっているのに発進し、膝あたりまで冠水している歩道を歩いている人が何人もいたこと。

夜間勤務でこれから帰宅するとか、医療や介護関係者でどうしても出勤しなければならないとか、様々な事情があり、やむを得ず出かけたのかもしれません。

でも、原則としては道路が冠水していたら、「その場に待機すると命の危険にさらされ」る上に「2階以上に避難する」などの垂直避難が不可能であるという危機的状況を除いて、屋外に出てはならないと思います。

自宅にいるなら登校・出勤はしない。職場にいるなら、無理に帰宅せずにそのまま待機。命を守る以上に大切なことはありません。

ところで、こういう時に経営者(あるいは労働基準法で定める使用者。以下、まとめて経営者等。)は、いつ、どのような判断をして、従業員等に指示しているのでしょうか?

というのも、責任感の強い人は

  • 今日、大切な商談がある
  • いそいで仕上げなければならない仕事がある

など、色々な理由で無理をしてでも出勤しようとしがちです。

だから経営者等は、そうした人たちも安心して避難行動を優先できるように、きちんと指示すべきなのです。

そもそも経営者等には、次の3つの安全配慮義務があります。

  • 労働契約を結んだ労働者が、その生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする(労働契約法第5条)
  • 派遣労働者に対する、同様の不法行為法上の安全配慮義務(東日本大震災・七十七銀行女川支店事件原審(仙台地判平26・2・25))
  • 下請人の労働者に対する安全配慮義務(三菱重工造船所事件(最判平3・4・11))

その他、社屋・工場内にいる取引先や顧客の安全配慮、敷地に隣接している方々への影響への配慮(汚染物質を漏出させない等)もあります。

この義務の履行のためにも、災害発生時や発生が予想されるときの経営者等の判断と指示は重要になります。

従業員を雇っている事業所の多くは、防災計画やBCPを策定済みだと思いますが、次のいずれかに当てはまる場合は、今日のような大雨や台風時の対応も考えておくべきでしょう。

  • 地震を想定した防災計画やBCPしかない。
  • 緊急時の対応マニュアルはあるが、大雨や台風のようにあらかじめ災害発生が予想される場合の、判断時期や対応内容が決められていない。
  • そもそも防災計画やBCPを作っていない。

大雨や台風などのように、災害発生まで間がある場合の対応について

少なくとも、次の事柄についてはあらかじめ決めて、社内規定として文書化し、正社員だけでなく、パート・アルバイト・派遣社員・下請等にも知らせておいた方が良いでしょう。

  1. 何を決定するのか(臨時休業(1日、半日)、自宅待機・自宅勤務、事業所内待機、事業の再開について、その他)
  2. 経営者等の内、誰が決定するのか(社長?専務?その人たちがいなかったら?)
  3. いつ決定するのか(気象庁から注意報・警報が発令されたら?市町村から避難勧告が出されたら?その他の基準?)
  4. 決定を、誰が誰にどのように連絡するのか
  5. その他(事業再開時の安全点検について等のBCPに相当する内容や、時間的にゆとりがある場合の機械設備の保全など)

なお、現に台風が来た時のように、天災により臨時休業した場合には休業手当を支払う義務はありません(支払っても良いのですが・・・)(労働基準法第26条)。事業所内で待機させる場合は、原則としては賃金支払い義務は生じないと思われますが、待機時間中に何らかの仕事を命じた場合には賃金・残業代を支払う必要が生じるかもしれません。

ただ、予防的に休業した場合の補償については、私にはよくわからないので社会保険労務士に御相談ください。

参考:「今までなかった!中小企業の防災マニュアル」 本田茂樹編著  労働調査会発行

なお、上記の3の決定するタイミングですが、経営者等の立場から言えば、天候の状況をギリギリまで見極めて判断したいところだと思います。一方で、労働者側の立場から言えば、家族のこともあるので、できるだけ早めに決めてほしいところでしょう。

最近は、人手不足で困っている企業が多いと聞きます。そうであるならば、今働いている従業員の満足度を上げることも大切でしょう。そういう視点も災害発生時や発生が予想される時の判断基準にしてはいかがでしょうか。

避難所に指定された学校の責任

昨日に引き続き、東日本大震災に関わる判決を再読しておりました。今日は、野蒜小学校事件についてです。

一言で、野蒜小学校事件と言っても、内容は大きく言って2つに分かれます。

  1. 学校の体育館に避難してきた住民が、津波に巻き込まれて亡くなった事件(被災者2名それぞれの遺族が提訴)
  2. 学校に避難してきた児童を、引渡し後の安全確認をせずに、事前に登録していた災害時児童引取責任者ではない者に引渡した後、その児童が亡くなった事件

2については、他の場所でも触れているので、そちらを御覧ください。

今回は、1に関連して、市町村が策定した地域防災計画で、指定緊急避難場所または指定避難所とされた学校長の責任についてまとめてみます。

ちなみにこの事件は、最高裁まで争われましたが、2018年5月30日に上告が棄却されたので、1、2審の判決が確定しています。

市町村は地域防災計画の中で、指定緊急避難場所や指定避難所の管理者の役割等について規定しなければなりません。(災害対策基本法第7条、第42条、第49条の4から第49条の9まで)

・・・注1

原審、控訴審とも,法律で言う「避難所の管理者」とは市町村教育委員会であると指摘しています。

なぜ管理者の規定が大切かというと、施設管理者には、その施設を利用する人に対して安全配慮義務とか、危険を予見し、回避する義務、そのための情報収集義務などが発生するからなのです。

つまり、両判決は、上記の法的義務は市町村教育委員会にある、と言っているのだと思います。

ただ原審は「校長は教育委員会の補助機関」としていて、また控訴審は「地域防災計画に言う『施設の管理者』とは、現実に施設を管理する校長と解する」と、結局、校長に上記の法的義務があることを認め、「校長の判断や行為の結果を、本来の管理者である教育委員会が負う」という構成をしております。

この裁判では、結論的には避難してきた住民が亡くなったことについて、校長の責任を認めませんでした。

その判断理由を控訴審の判決文から引きます。

「校長の学校施設の現実の管理者としての責務は、このような自ら適切な避難行動をとり得る住民らに対するものであるから、校長の本来的かつ重要な義務である児童の生命、身体を保護すべき義務とは本質的に異なる・・・災害発生時、学校施設内に児童らが存する場合においては、・・・当然に避難者らを誘導する義務まで負っていたと解することは相当ではない(もとより誘導することが望ましいことはいうまでもない)」

住民が避難してきたときに、児童が在校していたということが、この裁判で校長・教育委員会・東松島市が賠償責任を免れた大きな要因ではないかと、私は思います。

私流に判決理由を言い換えれば「子どもの安全確保が最優先で、そのことで今いっぱいいっぱいなんだし、元々、そういう役割なのだから、自分で判断できる大人は自分で判断して行動してください」ということになるのかなと。

でも、注意が必要です。

長期休業中や生徒下校後のように、子供が学校にいない時には、施設管理者(あるいはその補助機関)として、避難してきた住民に対する安全配慮や危険回避義務等の優先順位が上がります。

この事件の場合には、津波が体育館に到達するという予見可能性が否定されているので、児童がいなかったとしても結論は変わらないかもしれませんが、もし日和幼稚園のように「情報収集義務を果たしていれば、津波の到来は、当然予見できた」となれば、結果に対する責任を負うことになるでしょう。

またこの裁判は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求だったのですが、同条2項に規定されている、重大な過失を行った公務員に対し地方公共団体が持っている求償権にも注意が必要なのでないかと私は思います。

・・・注2

つまり、「大人なんだから自分で責任取って」と漫然と構えていたら、事実上の管理責任者とみなされる校長も責任を負うことになるかもしれない、ということです。

以上のことから、避難所として指定された学校の校長としては(あるいは本来の管理責任者である教育委員会としては)、次の準備をすることが必要だと私は考えます。

  1. 地域防災計画または避難所運営マニュアル等の中で、学校と、地域の避難所運営責任者との役割分担や責任範囲を、可能な限り明確にする。
  2. 学校は、住民が避難し始めてから避難所運営組織が立ち上がるまでは、住民対応も視野に入れて、安全配慮義務・危険を予測するための情報収集・危険を回避する行動の3点を確実に実施できるよう、組織作りを行う。
  3. 1と2を踏まえた地区防災計画づくりに、学校も主体的に関わる。
  4. 3の地区防災計画に基づいた地区防災訓練を実施する。

「もうやってるよ」という学校には、余計なことではありました。

逆に、地域住民は、自助と共助の原則にのっとり、つまり、「学校に避難したのだから学校にお任せ」ではなく、情報収集と危険回避の行動を、避難した者同士が協力して行うことが重要なのです。

<注1> 指定緊急避難場所と指定避難所の違い(両方兼ねている施設も多い)

指定緊急避難場所:避難勧告や避難指示等が出されるときに、災害の種類(洪水、津波など)ごとに指定されている避難場所

指定避難所:避難のために必要な間、あるいは災害のため住まいを確保することが難しい住民を一時的に滞在させる施設

※中には土砂崩れが心配される土地にある学校や、かなり老朽化した建物が避難場所になっていたりすることもあるようです。そのように避難所・避難場所として不適切な場合には、市町村に申し出て指定を取り消した方がよいでしょう。(また、もともと避難所でないのに、住民が避難してくることもあるので、その恐れがある場合は、あらかじめ広報しておくことが必要です)

<注2>これまであまり公務員の重大な過失が認定されることはなかったと言われていますが、平成28年にこれを認める判決が2件出ていることから、求償権を行使する例が増えるのではないか、と指摘している弁護士さんもおられます

東日本大震災・日和幼稚園 地裁判決再読

もう何回目になるのでしょうか。東日本大震災での日和幼稚園の園児が犠牲になった事件の仙台地方裁判所判決文を読みなおしました。今回は、裁判所の判断理由の部分を中心に、気になる部分を抜き書きしながらなので、少々疲れました。

改めて感じたのは、情報収集とマニュアル、そして判断する際の優先事項の徹底、そして訓練の重要性です。

ただ、この判決を読むたびに感じるのは、震災前に「波浪警報、波の高さ6m」と「津波の高さ6m」の違いを、イメージできた人ってどのくらいいたのかということ。

震災の時のあの映像や、震災後の被害の広がりや壊滅した街並みを目の当たりにした今、言葉で説明できなくても、イメージとしては違いがわかります。

でも、震災前の私なら、津波の高さ6mの恐ろしさを、津波に襲われる直前まで理解できなかっただろうな、とも思います。

だから、繰り返し読んで、考え、伝える必要がある。

被災者もそうだけれども、あの幼稚園関係者のすべてが深く傷ついた。そういう悲劇はこの国で二度と起こさないために。

ところで、もうすでにいくつかの台風が日本に上陸しましたが、本番はこれから。

台風の時の高潮は、海面全体が上がったところ(吸い上げ効果)に、強風による高い波が押し寄せます(吹き寄せ効果)。高波は、単に波が高いだけ。

いずれにしても、気象庁から波浪や高潮に関する注意報や警報が出たら、海に近づいてはいけないのはもちろんです。ただ、高波、高潮、あるいは津波の違いをイメージしておくと、「近づいてはいけない距離」への判断も変わってくると思います。

具体的には土地の標高・地形の問題も関わるので、やはりハザードマップを参考にしましょう。

ちなみに、このあと大川小、野蒜小の判決文を読みなおし、防災マニュアルの見直しチェックポイントを作成する計画です。

消費税の逆進性について

Twitterで、ちきりんさんが「消費税が逆進的ってほんまかいな」という御自身の11年前のブログを引いて、「今でも意見は変わっていない」と書かれておられました。実際にちきりんさんのブログを読んで、考えたことを以下に書きます。

参照 「Chikirinの日記」2008-05-21   https://chikirin.hatenablog.com/entry/20080521

結論から書けば、私は概ねちきりんさんの考えに賛同しております。

私も消費税の増税はやむを得ないと考えています。また、所得の低い人も安心して生活できるように、もっと税を使うという点も同じ考えです。

ただ、「『消費税の逆進性が高い』というのが嘘に見え」たり、「『消費税は貧乏人に不利で金持ちに有利だ』というのは、教科書的な理論にすぎないのでは?」という点には同意できません。

試算してみます。

この表は、2人以上の世帯のうち勤労者世帯の1か月間の収入と支出です。

階級 1 5 8 10
可処分所得 240,000 410,000 540,000 790,000
消費支出 190,000 250,000 310,000 410,000
消費税負担額 14,000 19,000 23,000 30,000
負担割合 6% 5% 4% 4%
可処分-1支出 50,000 160,000 230,000 380,000

(注1)(注2)

上の試算によれば、確かに所得が高くなるほど消費税負担額も増加する傾向があるので、この意味では「逆進性がある」という表現には疑問が出そうです。

一方で、負担割合はどうでしょうか。

最も所得の低い層が6%、高い層が4%ですので「たかが2%の差ではないか」という見方もあるかもしれませんが、それでも所得の低い方が負担割合は相対的に高い。

ただ、私が注意したいのは、可処分所得から消費支出を引いた残額です。つまり、当然と言えば当然ですが高所得者は消費税を支払っても、家計にはゆとりがあるのです。

負担割合の差はたかだか2%かもしれませんが、家計のゆとりからみたら、やはり低所得世帯の方が消費税の負担は重く感じるのではないでしょうか?

しかも、低所得世帯は支出も可能な限り切り詰めるだろうし、逆に所得が高くなれば消費する食材にしても衣服にしてもゆとりをもって買っていると思います。1つ1つの支出に対する気持ちのゆとりにも差があるのです。

ちなみに、最も低い階級の消費支出で、全階級の世帯が暮らしたらどうなるかを計算したのが次の表です。

階級 5 8 10
可処分所得 240,000 410,000 540,000 790,000
消費支出 190,000 190,000 190,000 190,000
消費税負担額 14,000 14,000 14,000 140,000
負担割合 6% 3% 3% 2%
可処分-支出 50,000 220,000 350,000 600,000

消費税の逆進性や、低所得者に不利だという指摘は、可処分所得に対する税の負担感の重さや、家計や消費へのゆとり感を表しているのであり、実際に支出している税額を言っているのではない。私はそう思うのです。

そういう意味で、消費税は低所得者にとって重い課税であるという、消費税に反対する人々の主張に、私は頷けます。

にもかかわらず、私はやはり消費税の増税はやむを得ないと思うのです。

現在の社会保障制度を今後を維持していくだけでも、財源は厳しい。まして、教育・子育て・障碍者への支援・介護・医療等で、「今の制度では不十分でさらに充実したものを目指すべきだ」というならなおさらです。

また、税負担だけではなく、支出の在り方にも目を光らせるべきではありませんか?

会計検査院は度々支出の無駄を指摘していますが、なぜ国会の決算委員会でそうしたチェックができていなかったのか、不思議です。

大統領と会談するたびに、高額の買い物をしているように思うのは、私だけでしょうか?それは本当に必要で、妥当な額なのでしょうか?

選挙の時に、これまでの実績を、もっとわかりやすく、忌憚なく、具体的に報道してもらえたなら、1票はさらに価値があるものになると私は思うのですが。

(注1)試算に使用したデータは、総務省統計局ホームページに載っている「家計調査年報(家計収支編)2018年(平成30年)」の「第3表 年間収入五分位・十分位階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出(二人以上の世帯のうち勤労者世帯)」を参考にし、収入と支出は千円の位を四捨五入し、消費税負担額は百円の位を四捨五入しております。

(注2)表の「階級」欄の数字は、上記の十分位階級の数を表しています。簡単に言えば、二人以上の勤労者世帯を10段階に分けた内の、どの段階に属するかという数字です。可処分所得は実収入から税・社会保険料等を引いた、いわゆる「手取り」額相当です。消費支出は、1か月の支出額ですが、住居費のほか,自動車等購入等を除いた額です。消費税負担額は、消費支出額が内税だったとして計算しました(外税で計算しても、負担割合に大きな差は見られませんでした)。負担割合は、消費税負担額の可処分所得に対する割合です。

BCP策定は、事業や仕事の仕方を見直すチャンス

BCP(事業継続計画)を考える上で大切なことの1つに、従業員の勤務をどうするか、という課題があります。

なるべく早く事業を再開したほうが良いのはもちろんですが、一方で、従業員も被災している可能性が大きいので、生活再建のためにフルタイムで勤務することは困難になっているかもしれません。つまり、普段より少ない人数で事業の復旧を目指すことになるのです。

こうしたことを考えると、従業員1人ひとりがいくつかの業務をこなせるようにしておいた方が望ましい、ということになります。

例えば、製造業であれば、A~Jまでの10段階の作業工程のうち、普段はAを担当している従業員に、他のBやCという工程も任せられるようにしておく。福祉施設であれば、普段担当している施設利用者以外の利用者もお世話できるようにしておく。そうした平時での取組みが大切になってくるのです。

以前、NHKのサラメシという番組で、巻きチョコ(ケーキなどの上に乗っているクルクル巻かれたチョコ)を専門に作る会社が取り上げられていました。

その会社では、普段から定期的に作業工程をローテーションしていて、従業員が様々な仕事を受け持てるようにしていました。それは、従業員の多くが女性なので、急に子供が病気になるなどの事態が起きても仕事を休みやすくする目的だそうです(番組を一度見ただけの記憶なので、間違えているかもしれませんが・・・)。

こういう会社なら、災害発生後の混乱した中での少ない人数による業務継続が可能かもしれません。

前回の「仕事の仕方を人に合わせる」ということも、BCPに生かせるはずです。

先ほどの製造業の例で言えば、普段はAという工程を担当している者に他の工程もやれるようにしておいたとしても、時間が経てば、普段やっていないことは忘れてしまいがちです。でも、知的障碍者でも安全にわかりやすく、一定の水準の製品を作れるように作業を標準化しているならば、しばらくその工程に携わっていなかったとしても、なんとか代わりを務めることができるのではないでしょうか。

逆に言えば、BCPを策定するということは、事業の内容を見直し、作業の効率化や標準化につなげていくことなのだと思います。そして、結果的に従業員にも役立つ形で生産性が向上する。

BCP策定を、事業や仕事の仕方を見直すきっかけととらえていただけたら幸いです。

仕事の仕方を人に合わせる

何年か前に「日本でいちばん大切にしたい会社(坂本光司著、あさ出版)」や「虹色のチョーク(小松成美著、幻冬舎)」を読んで、「人と仕事」の関係について考えたことがあります。

この2冊が描いているのは、日本理化学工業株式会社での障碍者雇用についての取組みです。

日本理化学工業は社員の70%が知的障碍者という会社です。そして主力商品のチョークについては国内シェアの30%以上を誇るトップメーカーでもあります。私がかつて勤務していた学校でもよく見かけたチョークを作っている会社だったのです。

なぜ知的障碍者を多く雇用しながら、トップメーカーであり続けるのか?詳しいことは、上記の本か日本理化学工業のホームページをご覧いただきたいのですが、一言で表せば、「仕事の仕方を人に合わせる」ということなのだと私は思います。

知的障碍者にも、安全でわかりやすく、一定の水準の製品を作り続けられる作業工程を工夫する。言葉にすればただこれだけの事だけど、それをやり遂げるのは並大抵のことではないと思います。

何よりも「その作業は何のためにやるのか」ということを、突き詰めて考え抜かなければ、そんなことはできっこありません。

つまり、障碍者のための作業工程を考えるということが、その仕事の本質を見極めることにつながっているのです。

その上で作業を標準化していく、即ち、誰もがその仕事をできるようにする。しかも製品の水準は保ったまま。経験とか勘に頼っていた部分も、可能な限り分析し、時には分かりやすい言葉や記号で表現して伝えていく。

でも、これって「障碍者のため」だけになることではないですよね。

例えば最近、農福連携が注目を浴びています。農業の現場に障碍者を受け入れ、ともに作業を行う取組みです。

「食料・農業・農村白書~令和元年版」(農林水産省編)には、農業経営者が障碍者を雇用するにあたって、作業工程の標準化のためにGAP(農業生産工程管理)を活用し、生産性が向上し賃金増にもつながっている例が紹介されています。

日本理化学工業だけではない様々な事業で、人に合わせた作業工程を考えることで、実績をあげているのです。

私たちはもしかすると「仕事に人を合わせる」ことを重視してきたのではないでしょうか?あるいは、もう少し大きく「社会に人を合わせる」と言ってもいいかもしれません。

別の言い方をすれば、人が社会に適応するとか、仕事に慣れるとか。適応した状態を指して「成長」とか。

これはこれで大切な一面はあります。

小中学校が目指していることの1つがまさに「社会への適応」です。この社会で生きていくために必要なスキルを身に着けるのですから。

けれど、この社会や仕事への適応を重視しすぎるとどうなるでしょう?

適応できない者を自己責任だからと排除し、「能力に応じて」などと低賃金の非正規労働として雇用調整の安全弁とする。

仕事の見直しよりも人の適応能力に目が向くために、仕事は従来のまま改善されずに放置され、一向に生産性があがらない。働く人の幸福感や満足感にもつながらない。

本来、社会や仕事は、人を幸福にするためにあるのだと私は思います。けれど、そこには逆転が生まれている。社会や仕事のために人がいる。つまり、人を社会や仕事の道具にしてしまっている。

だからこそ、今、社会や仕事を人に合わせて見直し作り直していく、ということを意識的に取組んだ方がよい。その1つのきっかけが、障碍者の雇用だったり、高齢者や妊婦、子供を持つ親、ガンや精神疾患などのような長期にわたり医療的ケアが必要な人たち、などの労働条件の見直しだったりするのだと思います。

そしてまた、社会や仕事を人に合わせることは、リスクマネジメントの上でも重要な視点にもなるはずです。このことについては、いずれまた。

相続関係ミニセミナー

少し長めの夏休みをとって、今日から私も業務再開です。

なかなかエンジンが掛からない初日。とりあえずFacebookに登録し、この投稿とリンクできるようにチャレンジしてみたのですが・・・。

これだけで、午前の多くを使ってしまいました。

この後の来客予定が終了後は、今週8月24日と、来週27日の相続関係ミニセミナーに向けて、若干の復習をしましょう。

ミニセミナーでは、少人数の利点もあって、参加される方からの質問もたくさんあります。質問の方向も様々。勉強の手を抜けないのです。

今日は、その後に農業関係の法律の勉強もしましょうか。

パイオニアプランツ

浅間山が噴火しました。軽井沢方面に観光に行かれている方、これから予定されている方はご心配なことと思います。

気象庁と現地の情報に注意し、冷静に対応してください。

さて、日本には活火山が111個あると言われています。休火山や死火山も含めると、いったい幾つの火山が日本にはあるのでしょう?

火山活動が収まって、地面に最初に根付く緑。そういうパイオニアプランツの代表が、苔です。苔は岩などの土がまだ十分に積もっていない場所に根付き、その後の植物の生育の土台となります。

我が家の玄関前にも、苔が繁殖している一画があります。

私は苔を見るのは好きなのですが、名前や生態などはよくわかりません。けれど、上の写真は1m四方程度の広さですが、4~5種類くらいの苔が見られます。

冒頭の写真は、この庭の苔の一部を採取して事務所に置いたものです。

苔の花言葉は母性愛。荒れた土地を豊かにする土台。

殺伐とした空気が広がる気配がする今、苔の役割を果たすのは何でしょうね?

住まい探しと防災

家を買う時に、買おうとする場所の利便性の他に、ハザードマップを見たり住宅性能などの防災情報を確認した上で契約する方は多いかと思います。

では、賃貸住宅の契約時はいかがでしょうね?

昨日お話しした方は、御自宅の近くに活断層があることや、大雨の時に溢水しやすい川があることを御存知なかった。

今年、鹿児島市全域に避難指示が出たときに「どこに逃げればいい」という戸惑いの声が上がったそうです。

住まいの近くに河川がなく、ハザードマップでも浸水被害予測の地域から離れている。崩れそうな山や崖からも遠いなんていう場合は、家に留まった方が安全かもしれません。

住まいを決めるときは、各種のハザードマップなどでその土地のリスクも確認してから契約する。

そうすることで、火災保険の補償内容を含めた防災対策に役に立つと思います。