住まいの相続を考える時に、検討したいことの1つに配偶者居住権というものがあります。
相続における配偶者の生活保障の仕組みと言われていますが、デメリットもあります。
どのような仕組みなのか理解した上で、配偶者居住権を設定するかどうか決めるようにしてください。
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1 配偶者居住権とは
例えば、夫名義の不動産に住んでいる御夫婦がいたとします。
夫が亡くなった後、不動産を子供が相続したとしても、妻がその家に住み続けることができる権利を配偶者居住権といいます。
夫が生きている時と同様の生活を、可能な限り保障する制度と言えるかもしれません。
★ 配偶者居住権が、配偶者の生活を保障する制度と言えるのはなぜ?
具体例で考えた方が分かりやすいと思います。
夫が亡くなり、相続人は妻と1人の子どもで、遺産としては評価額1000万円の自宅と、預金が1000万円だったとします。
つまり、遺産総額は2000万円。
相続人が妻と子供の場合、法律上、1/2ずつ相続できます。つまり、妻も子供も1000万円の遺産を取得するのが法定相続です。
以上を基本として、次の4つの遺産分割パターンを御覧ください。
実際には、遺産分割は当事者全員が納得するならば、この4つのパターンにこだわらずに遺産分割できます。
遺産分割例1 完全な法定相続パターン
民法が定める相続割合で、遺産分割をすると、自宅は妻と子供が1/2ずつの共有名義になり、預金も500万円ずつ取得することになります。
遺産分割例2 法定相続割合を念頭に置いて、自宅は妻が相続パターン
民法が定める相続割りでは、妻と子供は1/2ずつ相続します。
そのため、妻が自宅(評価額1000万円)を相続すると、それだけで遺産の1/2を取得することになるので、預金はすべて子供が相続することになります。
※仮に不動産が1000万円で預金が500万円だったとしたら、遺産総額は1500万円になります。妻が不動産を単独で取得すると、妻の相続分は1/2を越えます。この場合、妻は1/2を超えた分(250万円)を子供に支払うことになるのが、法定相続の考え方です。
遺産分割例3 法定相続割合を念頭に置いて、自宅は子供が相続パターン
上の例2とは逆パターンです。
妻は自宅については持分はありませんが、預金をすべて相続することができます。
遺産分割例4 法定相続割合を念頭に置いて、配偶者居住権を設定するパターン
配偶者居住権を設定した場合、不動産の価値は「居住権」と「所有権」に分けて計算します。
そして、居住権は配偶者が取得し、所有権は子供が相続することになります。
仮に居住権の価値が500万円だったとします。この場合には妻は預金の500万円分を相続することができます。
4パターンの違い
例1の場合、不動産は妻と子供の共有になります。ですから、不動産を売る場合やリフォームする場合には、妻と子供の両方が合意しなければできません。
例2の場合、不動産は妻だけの物なので、妻の意思でなんでもできます。一方、預金は相続しません。妻に年金等の収入や預貯金が十分にあれば問題はないかもしれませんが、そうではない場合には生活に支障が出る可能性もあります。
例3の場合、不動産は子供の名義です。妻と子供の関係が悪い場合、妻の住まいの確保が心配になります。
例4の場合が配偶者居住権を設定したケースです。妻は、居住権設定時の取り決め通りに無償で住むことが保証され、預金も相続することが可能です。
★ 配偶者短期居住権って何?
例えば、上の「遺産分割例3」のように、自宅を子供が相続した場合。
子供と配偶者の関係が悪いと、子供は「家を出ていってくれ」と妻に要求するかもしれません。
たとえこの場合でも、夫が生きていた時に妻が無償でこの家に住んでいたならば、遺産分割協議が成立した日(あるいは相続開始の日のいずれか遅い日)から6か月間は無償で住むことができるのが、配偶者短期居住権です。
つまり、その家の所有者が確定してから6か月は、タダでその家に住みながら新しい家を探すことができます。
2 配偶者居住権の設定の仕方
配偶者居住権の設定の仕方は大きく言って2通りあります。
(1) 遺言書に書く方法
遺言書に配偶者居住権を遺贈する旨を書くことで設定できます。
この方法のメリットは、婚姻の期間が20年以上の夫婦の場合には、遺産から配偶者居住権の評価額を入れずに相続分を考えらることにあります。20年未満の夫婦の場合には、遺言書に持ち戻し免除の意向を書き入れれば、同様の効果が得られます。
また、遺言書ではなく「死因贈与契約書」を作成する方法でも、配偶者居住権は設定可能です。
(2) 遺産分割協議書に書く方法
遺言書が無い場合には、相続人同士で話し合い、遺産分割協議書に配偶者居住権の設定を書く方法でもOKです。
遺産分割協議がモメてしまい話がまとまらない時には、家庭裁判所に申立てることもできます。
3 配偶者居住権は節税につながる?
居住用不動産に配偶者居住権を設定した場合、相続税を計算する時に不動産の価値を次の2つに分けて考えます。
① 所有権の価値
② 配偶者居住権の価値
つまり、
相続税の不動産の評価額 = 所有権の価値 + 配偶者居住権の価値
「配偶者居住権の価値」は配偶者の相続分、「所有権の価値」は不動産を相続した人の分として相続税を計算するのです。
相続税には高額の「配偶者控除」が用意されているので、実質的に配偶者の税負担はかなり低くなると
思います。
したがって、不動産の評価額が「所有権の価値」にまで下がるので節税効果があると言われています。
さらに大きいのは、2次相続の時です。
2次相続とは、不動産に住んでいる配偶者が亡くなった時の相続のことです。
配偶者居住権は相続の対象にはなりません。つまり配偶者が亡くなった時に、居住権は消滅します。
また、「所有権の価値」は配偶者の遺産ではありません。それは1次相続の時に子供が取得しています。
ということは、
配偶者居住権を設定した不動産は、2次相続の時には遺産には含まれないのです。
以上のことから「配偶者居住権は相続税の節税効果がある」と一般的には言われています。
<注意>
不動産の価値を「所有権の価値」と「配偶者居住権の価値」に分けて考えるのは、相続分や相続税の計算をする時だけです。
ですから、2次相続後に不動産を売買する時、「配偶者居住権が消滅したから、その分だけ価格を下げる」という考えは当てはまりません。
配偶者居住権の節税の効果を考える前に...
節税目的で配偶者居住権の設定を考えている方は、決断する前に、次の3つ確認しておきましょう。
(1)相続税の課税価格
(2)小規模宅地等の特例
(3)相続税の基礎控除
この3つのことを調べた結果、それまで抱いていた相続税への心配が解決した人が結構います。
逆に、調べてみた結果、税理士さんに相談する決心がついた人もいます。
以下の文章で見ると、なんだか面倒くさい感じがします。でも、おおよその金額を把握するだけなら、それほど難しくはないので少し我慢して確認してみてください。
相続税の計算方法については、No.4152 相続税の計算|国税庁 (nta.go.jp) を御覧ください。また、みずほ銀行のWebサイトや東京税理士会の説明も分かりやすいと思います。
(1) 相続税の課税価格
相続税は、当然のことながら遺産の価値に課税されます。この遺産の価値のことを課税価格(国税庁は「課税価格の合計」としています)と言います。
まず、だいたいの額でいいので、まず遺産のうちの次の値の合計を計算してみてください。
- 現金
- 預貯金
- 死亡保険金
- 不動産の価格
- 株などの価格
- 今から7年前までに相続人などに贈与した額
計算上の注意点
遺産の計算をするときに、次のことに注意してください。
3.死亡保険金の注意
死亡保険金の額は、保険証券で確認しましょう!
保険証券に書かれている死亡保険金の額を丸ごと相続税の課税価格に入れる必要はありません!
次の式で得られる額を、死亡保険金から引いてください!引いた残額を課税価格に入れます。
500万円 × 相続人の数
4.不動産の価格の注意
建物の価格は、毎年、市町村から送られてくる「固定資産税の納税通知書」に書かれている評価額を、そのまま相続税の課税価格として計算します。
土地の価格については、別に評価方法が決められていますので、ご注意ください。
また、不動産の価格では、(3)で紹介する小規模宅地等の特例が非常に重要です。
6.今から7年前に相続人等に贈与した額
相続税対策で生前贈与を検討している方が多いようです。
特に1年間の贈与額が110万円までは非課税という仕組みは、利用者が多いと聞きます。
ただ、死亡した時から7年前までに相続人等に贈与した額は、全額、相続税の課税価格に加えて計算する必要があることに注意が必要です。
※この7年ルールは2024年1月1日以降の生前贈与が対象になります。それまでは死亡前3年間の生前贈与が課税価格に入ります。また、この7年ルールは段階的に実施されるなどの措置があります。詳しくは、税理士さんのWebサイトなどで御確認下さい。
マイナスの価値の遺産
被相続人の未払のローンの残額、葬式の費用
これらは相続税の課税価格から引くことができます。
(2) 相続税の基礎控除
相続税の計算で、庶民にとって大きな意味を持つのが基礎控除。
基礎控除額 = 3000万円 に 600万×相続人の数 の値を加えた額
(1)で計算した課税価格から、この基礎控除額を引いてください。
その結果、残額があれば相続税の申告をする必要があります。
ただし、
「相続税の申告をする必要がある」=「相続税を納める必要がある」
ではありません。
相続税の申告をする時に利用できる様々な制度があります。その1つが(3)で紹介する小規模宅地の特例です。
(3) 小規模宅地等の特例
亡くなった方が住んでいた家の土地については、「小規模宅地等の特例」が利用できるかもしれません。
この特例は、簡単に言えば
「330㎡までの宅地の評価額は、8割減で計算していいですよ」
という、大変お得な制度です。
詳しい説明は、No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)|国税庁 (nta.go.jp)を御覧ください。
(1)~(3)を合わせて考えてみて・・・
以上の(1)から(3)を合わせて考えてみましょう。
多くの方の場合、遺産の中で大きな割合を占めるのは、不動産と預貯金、死亡保険金ではないでしょうか?
不動産には(2)で触れた小規模宅地等の特例が重要です。これで土地の課税評価額をかなり低くすることができます。
死亡保険金も丸ごと全額、課税価格に算入する必要がないのも庶民にとってはありがたい。
その上での基礎控除です。庶民にとっては大きな基礎控除ではないですか?
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私は税理士ではないので具体的に「相続税の申告が必要か?」とか「相続税はいくらくらいになるか?」などの相談には応じられません。
しかし、終活の相談に来られた方で「相続税対策」を口にされた人に(1)から(3)の制度を簡単に説明するだけで、ほとんどは「あ~、それなら無理に相続税対策をする必要もない」と安心されます。
そうすると後は、「御自身のための終活」や「死亡後の遺族の手続負担や心配の軽減」だけを考えれば良いのです。
※それでも不安だったり、正確に計算したい時には税理士さんに相談しましょう!
4 配偶者居住権の注意点は?
配偶者居住権は、配偶者の生活を支えるための制度です。そのために、次のようなルールがあります。
① 配偶者居住権は、配偶者が死亡するまで継続する。
ただし、遺産分割協議書や遺言書で期間を定めることが可能です。
この場合、配偶者居住権は期限が来ると終了します。その分だけ配偶者居住権の価値は下がります。逆に所有権の価値が上がるので、死亡まで続くよりも節税効果は弱まります。
② 配偶者居住権は、登記しなければ意味がない。(所有者には配偶者のために登記の義務があります。)
遺言書や遺産分割協議書に配偶者居住権の設定を明記したとしても、登記をしなければ、そのメリットは相続人の間でしか通用しません。
仮に登記をする前に、所有者がその家を赤の他人に売って登記をしてしまえば、配偶者居住権があることを買主である他人に主張することはできなくなります。
③ 配偶者は無料で住むことができる。つまり賃料を所有者に支払う必要がない。
つまり、①のルールと合わせて考えると、「亡くなるまで無償で住める」権利が配偶者居住権と言えます。しかも、登記をすることで所有者が変わっても、この権利は続きます。
④ 配偶者居住権は、他人に譲渡することができません。
例えば、配偶者が施設に入所するため家に住む必要がなくなったからといって、他の人に配偶者居住権を譲り無償で住まわせることはできないということです。
あるいは、所有者が変わったとしても、新所有者に配偶者居住権を売ることもできません。配偶者居住権を登記していれば、新所有者にも賃料を支払うことなく死ぬまでその家に住み続けられるのです。
⑤ 固定資産税は、所有者が負担する。
土地や建物の固定資産税は所有者が負担するのが原則です。
ただし、配偶者は建物の必要経費を負担するルールですので、所有者は建物の固定資産税分を配偶者に請求することはできます。
一方で、所有者が配偶者ではないということから、次のようなルールもあります。
⑥ 配偶者は、所有者の承諾がなければ改築や増築はできない。
ただし、住むために必要な修繕であれば所有者の承諾なしに、配偶者の負担と判断ですることができます。
参照:法務省:残された配偶者の居住権を保護するための方策が新設されます。 (moj.go.jp)
注意すべきこと
「介護が必要になったら、介護施設に入居して、入居にかかる費用は自宅を売って賄う」
そういう計画を考えている人は多いです。
でも、もし自宅に配偶者居住権を設定した場合には、その自宅を売って介護費用に充てるのは難しくなると予想されます。
それは主に次の①から③のことがあるからです。
①配偶者居住権を消滅させなければ売れません。
配偶者居住権が設定されている不動産は、「賃料を支払うことなく終生住み続けられる権利を法的に認められている借主がいる一方で、固定資産税は所有者の負担」というものです。
こうした不動産を買う人とは?私にはイメージできません。
②配偶者居住権を配偶者の死亡前、あるいは設定していた期間の満了前に消滅させた場合、贈与税または譲渡所得税が課税される可能性があります。
配偶者居住権に節税の効果があるということは、配偶者居住権に一定の財産的価値があることを意味します。
つまり居住権の期限前にそれを消滅させるという事は、配偶者から所有者に「居住権の価値の残額」を渡すことになるので、課税の可能性が生まれるのです。
③配偶者居住権を配偶者が放棄するためには、場合によっては成年後見人を選任した上で、家庭裁判所の許可が必要になると思われます。
配偶者が認知症などのために判断能力が衰えた場合、契約等には成年後見人等を選任する必要があります。
成年後見人等は「本人の利益」を守るために活動しますから、配偶者居住権の放棄が配偶者のためにならない場合には、まず放棄することは有り得ません。
もし、成年後見人等が配偶者居住権の放棄に同意したとしても、本人の居住用不動産を処分するためには家庭裁判所の許可が必要になります。(民法第859条の3)
以上のように、配偶者居住権が設定された不動産を売ることは非常に難しいと思われます。
したがって、将来、自宅不動産の売却益を、介護施設への入所費用に充てることを考えている方は、配偶者居住権の設定は慎重に考えた方が良いと思います。
★ 配偶者居住権の設定を検討した方がよい人は、どういう人?
上の注意点等を踏まえて考えてみると、次のどれかに当てはまる人は、配偶者居住権の設定を検討してみた方が良いと思います。
- 相続税対策をする必要がある(税理士との相談が必要)。
- 財産の中で不動産の占める割合が大きく、預貯金が少ない。かつ、配偶者はその不動産に住む必要がある。
- 配偶者と子供との関係が良くない。
- 配偶者の預貯金が少なく、配偶者に残す保険金額も少ない。
- 相続人に実子の他に、再婚した配偶者が含まれる。
ただ、配偶者居住権を設定するかどうかは、相続等に詳しい専門職に相談した上で決めた方が良いと思います。